2011年3月24日木曜日

『ポー名作集』

E.A.ポー
中央公論新社
発売日:1973-08
収録作品:モルグ街の殺人/盗まれた手紙/マリー・ロジェの謎/お前が犯人だ/黄金虫/スフィンクス/黒猫/アシャー館の崩壊

米文学において短篇小説は特に重要なものだという。ブルジョワ階級の未発達という社会的な条件、および雑誌の発達というメディアの条件が重なって短篇小説の需要が高かった。イギリスで短篇よりも長編が尊ばれていたことと好対照をなす。これらは本書の訳者丸谷才一がその好著『文学のレッスン』で語ったことだ。そして短篇小説を語るにあたって書かすことのできない作家がポーだ。
さすが東西の文学に親しみ語学堪能な訳者だけあって、本書の訳文も申し分ない名文である。洋物の推理物といえば素人が書いたような拙劣な翻訳と相場が決まっているものだ。

名作集の名の通り、どれも有名な作品だ。
巻頭の「モルグ街の殺人」はミステリの濫觴として名高いし、その続編「盗まれた手紙」は作品そのものよりも、ラカンによる読解(『エクリ』)で知られているかもしれない。
巻末の2編、「黒猫」と「アシャー館の崩壊」は怪奇物、というより異常心理を扱った小説の先駆けである。
「アシャー館」の冒頭部などはあまりにも有名で、教科書で読んだほどだ。
雲が低く重苦しく垂れこめているひっそりと静まり返った、陰鬱で暗い秋の日のこと、わたくしはただ一人、異様なくらい荒れ果てた地域にひねもす馬を駆りつづけたあげく、やがて宵闇が忍び寄るころ、憂愁をたたえたアシャー館の見えるところまで来た。
DURING the whole of a dull, dark, and soundless day in the autumn of the year, when the clouds hung oppressively low in the heavens, I had been passing alone, on horseback, through a singularly dreary tract of country, and at length found myself, as the shades of the evening drew on, within view of the melancholy House of Usher. 
この調子で、訳文で2ページにもわたってアシャー館の陰鬱な外観の描写が続く。
米文学の授業で聴いたことだが、原文のDuring the whole of a dull, dark, and soundless day in the autumn of the yearは見事に D が頭韻を踏んでいる。語頭でこそないがand, soundlessもやはり響きに役立っている。頭韻(Alliteration)を多用するのは英詩(とりわけ古英語詩)の特徴。この見事な書き出しはポーの詞藻のなせる技だ。
それにしてもいささか重々し過ぎる文章だ。長いし、しつこくもある。"a day"にかかる三つの形容詞は原文ではdull, dark, and soundlessとこれだけで済むが、日本語となると「ひっそりと静まり返った、陰鬱で暗い」秋の日だ。構文もややこしいし、いくら読みやすい訳文とはいえ骨が折れる。正直に告白するが館の細密な描写のパッセージはすこしばかり飛ばしながら読んでしまった。なにしろ2ページも続くのだから。

こんな重厚長大な冒頭部を、理由もなく書いたのでもないだろう。近代のアメリカを舞台として幻想的なゴシック小説を説得力あるものとして仕上げるには、それに見合うだけの幻想的な場所を用意する必要があったのだ。
それにしても、やはり読みづらい。
もしもポーが日本人だったとしたら、引用文に句点を三つは打っていてもおかしくない。
己の読解力を恥じるともに、彼我の言語の隔たりをも感じずにはいられない名文である。

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